【寅さん最後の5年】渥美清に何が起きていたのか…付き人が語った最期の日々
あなたは お正月やお盆に家族で『男はつらいよ』を映画館でご覧になった日のことを覚えていますか。よろしければ あのころの思い出をコメントで教えてください。
1996年8月4日午後5時10分。東京の順天堂医院でひとりの俳優が静かに息を引き取りました。
映画『男はつらいよ』で27年間48作にわたり車寅次郎を演じた渥美清。享年68歳でした。
しかし日本中にその知らせが届いたのは3日後の8月7日でした。本人が生前「骨にしてから世間に知らせてくれ。やせ細った顔を誰にも見せるな」と家族に言い残していたからです。
27年間ともに映画を作ってきた山田洋次監督や妹さくら役の倍賞千恵子でさえ 病室で最期を見届けることはできませんでした。知らせを受けてはじめて自宅の小さなマンションへ上がった山田監督が目にしたのは すでに小さな骨壷になっていた寅さんの姿でした。
なぜ渥美清は最後まで自宅の住所さえ隠し 誰にも弱った姿を見せずに世を去ったのか。最後の付き人である篠原靖治さんと山田洋次監督 そして盟友の黒柳徹子さんが残した3つの証言から 寅さんの本当の最期をたどります。
▼目次
00:00 自宅にあった小さな骨壷
01:37 片方の肺で笑った男
03:09 挨拶をやめた日
04:53 シノ オレはもうできないよ
06:10 午前9時から午後1時
07:33 最後のひとこと
08:13 じゃあ またな
09:15 震えていた机
10:02 骨になってから
11:21 寅さんが帰っていた家
12:52 撮影所の土手
▼参考資料:Wikipedia「渥美清」「男はつらいよ」「男はつらいよ 寅次郎紅の花」 篠原靖治『最後の付き人が見た 渥美清 最後の日々』 山田洋次 黒柳徹子『渥美清に逢いたい』 スポニチ 文藝春秋PLUS 時事通信
▼写真(Wikimedia Commons):KENPEI (CC BY-SA 3.0) / yamauchi (CC BY 2.0) / 神戸市 (CC BY 2.1 JP) / Kireinakokoro (CC BY-SA 4.0) / Shōichirō Suzuki (CC BY 4.0)
※「再現イメージ」はイラストによる再現です。当時資料は一部加工しています。諸説ある内容は「といいます」として紹介しています。
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