最新AIの分析で邪馬台国の場所が明らかに | ミステリー・都市伝説
『魏志』倭人伝は、女王の都・邪馬壹国へ「水行十日、陸行一月」で着くと道のりを書き残しています。しかし、その距離と方角をそのままたどると、都は九州のはるか南の海の上へ飛び出してしまいます。
邪馬台国は一体どこにあったのでしょうか。『魏志』倭人伝・『後漢書』・『隋書』の原文と、北部九州と大和の遺跡の調査記録、そして最新のAIの分析を手がかりに読み解きます。
●チャプター
0:00 冒頭
2:38 第1章:一万二千里の罠と「消えた里数」
6:03 第2章:伊都国の使者と「日数」の切れ目
8:18 第3章:なぜ「東」ではなく「南」と書いたのか
11:43 第4章:七万余戸の都と「一大率」が示す距離
15:01 第5章:年代測定と「径百余歩」の巨大古墳
18:13 第6章:閉ざされた箸墓古墳とAIの答え
21:02 終章:『隋書』の「邪馬臺」と三輪山のふもと
●動画内で引用した資料
・『三國志』魏書巻30(寛文10年刊 和刻本)/国立国会図書館デジタルコレクション
・『三国志』魏書 倭人伝(紹熙本の写し)/Wikimedia Commons(パブリックドメイン)
・『隋書』倭国伝(天保15年刊 和刻本)/国立国会図書館デジタルコレクション
・『後漢書』東夷列伝(明治新刻)/国立国会図書館デジタルコレクション
・『国史大系 第1巻 日本書紀』(経済雑誌社)/国立国会図書館デジタルコレクション
・『日本書紀』巻1(慶長4年刊・勅版)/国立国会図書館デジタルコレクション
・『古事記』3巻(寛永21年刊)/国立国会図書館デジタルコレクション
・地理院タイル(国土地理院)を加工して作成
・地理院タイル 陰影起伏図(全球版)を加工して作成
・衆議院 答弁書(令和元年7月)
・吉野ヶ里遺跡 撮影:Saigen Jiro(CC0)/Wikimedia Commons
・吉野ヶ里遺跡 撮影:小池 隆(CC BY 3.0)/Wikimedia Commons
・平原遺跡出土 内行花文鏡(複製)撮影:Saigen Jiro(CC0)/Wikimedia Commons
・高祖山(福岡県糸島市)撮影:Saigen Jiro(CC0)/Wikimedia Commons
・城山から見た浅茅湾(対馬)撮影:irisgazer/Wikimedia Commons(パブリックドメイン)
・関門海峡 撮影:Vickerman625/Wikimedia Commons(パブリックドメイン)
・大阪湾 撮影:Guilhem Vellut(CC BY 2.0)/Wikimedia Commons
・龍王山城跡から見た奈良盆地/Wikimedia Commons(パブリックドメイン)
・西谷墳墓群(島根県出雲市)撮影:Saigen Jiro(CC0)/Wikimedia Commons
・楯築墳丘墓(岡山県倉敷市)撮影:Saigen Jiro/Wikimedia Commons
・船橋遺跡出土 庄内式土器・布留式土器 撮影:Saigen Jiro/Wikimedia Commons
・纒向遺跡 辻地区土坑4 出土品 撮影:Saigen Jiro/Wikimedia Commons
・纒向遺跡出土 土器群 撮影:Saigen Jiro/Wikimedia Commons
・纒向遺跡(奈良県桜井市)撮影:Saigen Jiro(CC0)/Wikimedia Commons
・国立歴史民俗博物館 撮影:Higa4(CC0)/Wikimedia Commons
・箸墓古墳(奈良県桜井市)撮影:Saigen Jiro(CC0)/Wikimedia Commons
・箸墓古墳 撮影:Immanuelle(CC BY 4.0)/Wikimedia Commons
・箸墓古墳から見た三輪山 撮影:Saigen Jiro(CC0)/Wikimedia Commons
・『亜細亜大観』「紹興の朝」/Wikimedia Commons(パブリックドメイン)
・英国海軍水路部「海南島の海岸の眺め」(1783年)/Wikimedia Commons(パブリックドメイン)
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