山口組を喰った男たち~山口組の五代目・渡辺芳則、若頭・宅見勝など執行部に辛い評価を与え続けた溝口敦と山口組の三代目・田岡一雄以下どんなネタでも映画にした岡田茂が率いた昭和の東映~
山口組関係の本を多く上梓して『五代目山口組』という「東京スポーツ」の連載をまとめた本を出版したあとには、山口組の関係者と思われる人物によってさされたこともある溝口敦をまず取り上げています。
『五代目山口組』は五代目をとった渡辺芳則が実は若頭になった宅見勝、岸本才三、野上哲男の三人の操り人形に等しい存在であると堂々と書いた問題作でした。
週刊誌で連載中から宅見や執行部はこの溝口のレポートに対して圧力をかけ本になると知ったときには後藤忠政を使ってはっきりと出版を中止するように要請しています。
その中止要請を無視して出版して溝口は被害にあってしまったのです。
その後の溝口がどういう行動に出たのか、決して山口組に屈っしなかったライターのおそるべき行動をみていきます。
昭和の東映という豪傑ぞろいの会社もまた山口組を事実上喰った会社です。
当時の東映には菅谷政雄の幼馴染にして親友がプロデューサーとしておりまた田岡一雄に一歩もひかない交渉をしてその田岡から
「岡ちゃん、 あんたがヤ●ザなら、 俺以上の親分になっとるわ」(『あかんやつら』)
と言われた名物社長がいました進行係の一人は元中島組の指のかけた人でまた任侠路線でスターになった俳優の一人は田岡一雄に金を借りて返しもせず平然としていました。
昭和の東映がどう山口組を喰っていたのかにも触れてみます
山口組の数々の逸話を映画にしてきたおそるべき商魂もみていきます。
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