なぜ「好き」と「抱きたい」は別物なのか【性愛の脳科学】
2400年前、ひとりの美青年が「間違いが起きなかった夜」を人前で嘆いた──。
プラトンの『饗宴』に登場するアルキビアデスは、憧れのソクラテスと同じ寝床で一晩を過ごした。それなのに指一本触れてもらえなかったのだ。後世には精神的な愛の美談として語られそうなその一夜も、当の青年にとっては、自分が欲望されなかったという屈辱の記憶だった。
だが、我々はこの青年を笑えるだろうか。恋人から「もう身体を重ねたくない」と告げられた途端、それまで積み重ねてきた愛情さえも疑わしくなってしまう。精神的な結びつきこそ尊いと口では語りながら、いざ愛の真偽を確かめるとなれば、我々は決まって相手の肉体にその答えを求めてしまうのだ。
そもそも「抱きたい」「この人でなければ」「ずっと離れたくない」という三つの感情は、本当に同じものなのだろうか。
かつて男友達と同じ寝床を分け合っていた時代があり、現代には恋人でも友人でもない大切な相手を、冗談めかして「ズッキーニ」と呼ぶ人々がいる。我々が愛と呼んできたものの輪郭は、思いのほか曖昧だ。にもかかわらず、他人の寝室を覗き込んでは、そこに肉欲があるかどうかで愛の本物と偽物を選り分けてきた。
だが考えてみれば、どれほど強く抱き合ったところで、二人の身体は決して一つにはならない。それでもなお、誰かの隣にいたいと願う気持ちは一体何なのだろうか。
今回は「プラトニック・ラブ」というどこか嘘くさい言葉を手がかりに、我々が他者に課し続けてきた奇妙な「愛の身体検査」の正体を、脳科学と思想史から考えすぎてみました。
----------------------------
▼タイムスタンプ
00:00 - Prologue:愛を踏み絵と名づけて
02:58 - Chapter 1:「好き」の貧しさ
07:04 - Chapter 2:寝室では演技を
10:39 - Chapter 3:プラトニックは隠れ蓑
13:41 - Chapter 4:名を失った男涙
17:30 - Chapter 5:ズッキーニと無関心なコロラド
21:10 - Epilogue:おしゃぶりとしての性愛
----------------------------
▼参考文献・データ出典
[1] プラトン『饗宴』189a–193e(アリストパネスの人間起源神話)、215a–219e(アルキビアデスによるソクラテスの回想)。
[2] Regan, P. C.(1998)“Of lust and love: Beliefs about the role of sexual desire in romantic relationships.” Personal Relationships, 5, 139–157.
[3] Freud, S.(1921)Massenpsychologie und Ich-Analyse.(『集団心理学と自我の分析』)
[4] Fisher, H. E., Aron, A., Mashek, D., Li, H., & Brown, L. L.(2002)“Defining the Brain Systems of Lust, Romantic Attraction, and Attachment.” Archives of Sexual Behavior, 31, 413–419.
[5] Bogaert, A. F.(2004)“Asexuality: Prevalence and Associated Factors in a National Probability Sample.” Journal of Sex Research, 41(3), 279–287.
[6] 国立社会保障・人口問題研究所ほか(2023)『全国SOGI調査結果概要』。
[7] 三宅大二郎・平森大規(2021)「日本におけるアロマンティック/アセクシュアル・スペクトラムの人口学的多様性―『Aro/Ace調査2020』の分析結果から―」『人口問題研究』77(2), 206–232。
[8] Antonsen, A. N., Zdaniuk, B., Yule, M., & Brotto, L. A.(2020)“Ace and Aro: Understanding Differences in Romantic Attractions among Persons Identifying as Asexual.” Archives of Sexual Behavior, 49, 1615–1630.
本編の74%は、この研究で分類されたアセクシュアル当事者のうち、恋愛的魅力を経験すると答えた人の割合。
[9] Dawson, M., McDonnell, L., & Scott, S.(2016)“Negotiating the Boundaries of Intimacy: The Personal Lives of Asexual People.” The Sociological Review, 64(2), 349–365.
本編の「約3分の1」は、日記調査に参加した27人のうち、調査期間中に性行為を記録した人の割合。
[10] Davenant, W.(1636)The Platonick Lovers.(『プラトニックな恋人たち』)1635年上演。Folger Shakespeare Library公開本文を参照。
[11] Ficino, M.『パイドロス注解』(In Phaedrum), 2.I.2。1466–68年頃の基層に見られる「プラトン的かつソクラテス的な愛」の用例。
[12] Rocke, M.(1996)Forbidden Friendships: Homosexuality and Male Culture in Renaissance Florence. Oxford University Press.
[13] 山根宏(2008)「『恋愛』をめぐって―明治20年代のセクシュアリティ―」『立命館言語文化研究』19(4), 315–332。
[14] Kentucky Legislative Research Commission “Lincoln Lore – Joshua Fry Speed.” リンカーンとジョシュア・スピードの共同生活に関する歴史資料。
[15] Rotundo, E. A.(1989)“Romantic Friendship: Male Intimacy and Middle-Class Youth in the Northern United States, 1800–1900.” Journal of Social History, 23(1), 1–25.
[16] Ibson, J.(2006)Picturing Men: A Century of Male Relationships in Everyday American Photography. University of Chicago Press.
[17] Foucault, M.(1976)Histoire de la sexualité, 1: La volonté de savoir.(『性の歴史Ⅰ 知への意志』)
[18] Cox, D. A.(2021)“The State of American Friendship: Change, Challenges, and Loss.” Survey Center on American Life.
[19] 国立社会保障・人口問題研究所『2022年 生活と支え合いに関する調査』。単身世帯の「愚痴を聞いてくれる人」の有無に関する集計。
[20] Kaz/Meloukhia(s.e. smith)(2010年12月24–25日)Dreamwidth上のクィアプラトニックに関する投稿・コメント。あわせて、AUREA “Queerplatonic Relationship” 用語解説を参照。
[21] 友情結婚相談所カラーズ「友情結婚に関するQ&A」「代表挨拶」、およびimidas(2021)「友情結婚という選択」。
入会・成婚実績は同社公表の2015年3月〜2026年8月の累計。利用者の性的指向に関する説明は2021年の代表者インタビューによる。
[22] Colorado General Assembly(2009)Designated Beneficiary Agreement Act. Colorado Revised Statutes, Title 15, Article 22。2009年制定法を参照。
※本動画は、性欲・恋愛感情・愛着の関係を、脳科学と思想史から考察する教養コンテンツです。性的指向や親密さのあり方には個人差があり、アセクシュアルを含む特定のあり方を一律に定義したり、その優劣を論じたりする意図はありません。また、肉体関係の有無によって、誰かの愛の真偽や価値を判断するものでもありません。
※「愛の身体検査」という整理や、『饗宴』の神話を「鎮痛剤」「おしゃぶり」に重ねた説明は、本動画の考察です。
----------------------------
#プラトニックラブ #恋愛 #愛情 #脳科学 #思想史 #プラトン #アセクシュアル #友情 #考察 #雑学 #考えすぎる葦
コメント 読み込み中…