「安全試験」が原発を吹き飛ばした。ソ連が事実を隠し続けたチェルノブイリ原発事故の真相
1986年4月26日、ウクライナのチェルノブイリ原子力発電所4号機で、安全を確かめるための試験が行われていました。緊急停止ボタンAZ-5が押された数秒後、原子炉は2度の爆発で吹き飛びます。なぜ止めるための操作が破局を招き、ソ連は何を隠し続けたのか。公開された機密文書と国際機関の報告書をもとに、事故の全貌を解き明かします。
この動画では、原子力の町プリピャチの誕生からRBMK型原子炉の設計上の欠陥、1975年と1982年に起きていた警告の事故、そして運命の夜の36秒を、3Dの再現図と当時の映像でたどります。さらに、事故から3日近く続いた沈黙、4つの文だけの声明、メーデーの行進、機密指定された「事故の真の原因」、運転員に責任が集中した裁判、そして1992年のINSAG-7による見直しまでを検証します。最後に、2025年のドローン攻撃で損傷した新安全閉じ込め設備の現状と、事故から40年後の今も残る問いを考えます。
【内容】
第1章では、発電所の町プリピャチと、経済性で劣りながら選ばれたRBMK型原子炉の成り立ちを見ていきます。
第2章では、KGBの文書に残された建設時の問題、正のボイド係数、黒鉛の先端を持つ制御棒、そして1975年、1982年、1983年の警告をたどります。
第3章では、停電に備えるはずの試験がどのように計画され、キエフの電力系統の要請でなぜ深夜へ延期されたのかを解説します。
第4章では、出力の急落から午前1時23分40秒のAZ-5、そして爆発までを、公式の記録に沿って3Dで再現します。
第5章と第6章では、消防隊の戦いと、モスクワに届いた誤った報告、4万9360人が町を離れたプリピャチの避難を描きます。
第7章では、スウェーデンでの検知、政治局の議論、わずか4つの文の声明、メーデーの行進、医療情報の統制を検証します。
第8章では、ヘリコプターによる投下、約60万人のリクビダートル、206日で完成した石棺を取り上げます。
第9章では、ウィーンでの説明、運転員が裁かれた裁判、レガソフの死、INSAG-7による見直しを追います。
第10章では、健康被害をめぐる数字の幅、ソ連の崩壊、ロシア軍の占拠、ドローン攻撃を受けたアーチの現状を見ていきます。
【チャプター】
0:00 はじめに
1:20 第1章 約束の町
4:43 第2章 知られていた欠陥
9:25 第3章 「安全試験」
12:04 第4章 最後の36秒
16:36 第5章 燃える4号機
18:58 第6章 消えた町
21:08 第7章 4つの文
24:32 第8章 石棺
26:51 第9章 裁かれた真実
31:05 第10章 40年後
【補足】
・AZ-5が押された理由は、調査でも確定していません。
・2度の爆発の性質、ピーク出力、将来の死者数の推計には諸説があります。
・急性放射線症による死者28人と、発電所での死者2人が直接の犠牲者として確認されています。長期的な死者数はいずれもモデルによる予測です。
・本編の発言と文書の引用は、英語およびロシア語の資料からの日本語訳です。
・事故前の映像や後年の写真には、画面に撮影時期を表示しています。
・音楽は本作のための書き下ろしです。
【主な参考資料】
国際原子力機関 INSAG-1、INSAG-7/国連科学委員会 UNSCEAR 2000年・2008年報告、白書2017/チェルノブイリ・フォーラム報告/世界保健機関/National Security Archive 公開のソ連共産党政治局文書/Wilson Center Digital Archive 公開のKGB文書/スウェーデン放射線防護庁 SSI報告/欧州復興開発銀行/World Nuclear Association
【映像・写真の出典】
映像資料:
・ソ連中央テレビ (1980)
・ウクルテレフィルム (1982)
・ソ連中央テレビ「ヴレーミャ」1979年3月22日
・ソ連の空撮映像 (1986)
・CBSイブニングニュース 1986年5月
・NIKIET記録映画 (1986)
・『警告』(ソ連テレビ, 1986)
・『チェルノブイリ 困難な週の記録』(V・シェフチェンコ, 1986)
・ソ連中央テレビ 1986年4月28日
・『チェルノブイリの昼と夜』(ソ連テレビ, 1986)
・テレコン・スタジオ資料 (1986)
・『忘れえぬもの』(プリピャチ・フィルム, 1986)
・BBC「ニュースナイト」(1986)
・ITVニュース 1986年5月2日
・スウェーデンSVT「ラポルト」1986年4月29日
・「ヴレーミャ」1986年5月14日
・「ヴレーミャ」1986年5月1日
・「ヴレーミャ」1986年4月28日
・NBC「トゥデイ」1986年8月27日
・ソ連テレビ チェルノブイリ裁判 1987年7月
・ウクライナ国家非常事態庁 CC BY 4.0
・ウクライナ国家非常事態庁 2025年2月
・欧州復興開発銀行 (2016)
・欧州復興開発銀行 (2014)
・ウクライナ国境警備局 CC BY 4.0
・ウクルインフォルムTV CC BY 3.0
写真資料:
・CC BY-SA 4.0: Ajrocket1、Artandsmile、ArticCynda、Bobbymetal、Errorlevel、Falk2、Holger.Ellgaard、Inna dudnik、Joël van der Loo、Kosharna、Marcel Vogt、RG72、Vincent de Groot、XEvansGambitx
・CC BY-SA 3.0: Alexey Danichev / Алексей Даничев、Carl A. Willis、ChNPP, Translated by Lizard787、Kirill Fedchenko、Petrouhyn / Петрухин、Sergey Pyatakov / Сергей Пятаков、Vadim Zhernov / Вадим Жернов、Yuryi Abramochkin / Юрий Абрамочкин、mtlcre
・Public domain: Bayoue derivative work: Saibo (Δ)、ChNPP、Jason Minshull、U.S. Geological Survey、University of Texas Libraries、художник О. Зволинская
・CC0: Rob Croes for Anefo、Wendelin Jacober
・CC BY 2.0: IAEA Imagebank、Jorge Franganillo from Barcelona, Spain
・CC BY 3.0: Herbert Ortner, Vienna, Austria、Oleg Yu.Novikov
・CC BY-SA 2.0: IAEA Imagebank
・CC BY 2.5: Szabó Csaba
・CC BY-SA 3.0 de: Sven Teschke
・CC BY 4.0: チェルノブイリ原子力発電所
・© IAEA: IAEA
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