同じ朝、同じ宮殿で我が子を失った二人の母…皇后が“もう一人の母”に放った冷たい一言 #エリザベート #ハプスブルク家 #世界史
「それはできません。二人とも、もうこの世にはいないのです」——1889年1月30日、ウィーンの王宮ホーフブルク。17歳の娘マリーを探しに駆け込んだヴェッツェラ男爵夫人に、皇后エリザベート(シシィ)はそう告げたと、当時の貴族の女性が回想録に書き残しています。なぜ皇太子ルドルフと17歳の少女は、森の狩猟小屋マイヤーリンクで一緒に見つかったのか。同じ朝に我が子を失った二人の母と、夫を失ったもう一人の母、皇太子妃ステファニーのその後まで。シリーズ「皇后エリザベートと呪われた一族」第3回。
※当時の手紙・回想録など記録に残る言葉をもとに構成しています。諸説・言い伝えの部分は、本編で「〜と言われています」とお伝えしています。
※画像はパブリックドメインの絵画・写真です。色調の加工・拡大・トリミングをしています。
※一部の場面は、AIで色を復元した画像・当時を再現したイメージです(画面に「※AIカラー復元」「※AI再現イメージ」と表示しています)。
◆つながる回 第2回「妹に皇帝を奪われた姉…その後“ヨーロッパ一の郵便王国”を背負った意外な結末」
00:00 プロローグ - 1889年1月30日、ホーフブルク
01:33 第1章 101発の祝砲
02:51 第2章 6歳の“軍隊”
03:53 第3章 母の最後通牒
05:19 第4章 父と息子
06:06 第5章 16歳の花嫁
07:43 第6章 机の上の頭蓋骨
09:54 第7章 狩猟小屋の朝
11:32 第8章 “なかったこと”にされた少女
13:59 第9章 二人の母のその後
16:18 第10章 三人目の母 ステファニー
19:02 エピローグ
20:19 メイキング
#ルドルフ #マイヤーリンク #シシィ #マリー・ヴェッツェラ #ステファニー #オーストリア #ヨーロッパ史 #実話 #名画 #古写真
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