【黒死病】明治の日本に上陸したペスト…北里柴三郎が香港で追った菌と「ネズミ1匹5銭」
1899年(明治32年)11月、広島で1人がペストで亡くなりました。続いて神戸でも患者が出て、流行は大阪・浜松・和歌山の湯浅へ広がります。1926年までの27年間に、国内でペストにかかった人は2,905人、そのうち2,420人が亡くなったと報告されています。
それでも日本では、14世紀のヨーロッパのような大流行にはなりませんでした。本当に「清潔だったから」なのか。なぜ明治になるまで、日本ではペストの流行が知られていないのか。そして、何が大流行を食い止めたのか。1338年の中央アジアの墓碑、韓国の沖に沈んだ14世紀の貿易船、1894年の香港、ネズミ1匹5銭の買い取りの記録から、順に見ていきます。
■ 目次
0:00 半分だけ本当
1:24 第1章 実は来ていた
5:12 第2章 「清潔だったから」ではない
8:42 第3章 なぜ14世紀の記録がないのか
14:56 第4章 香港の6月
18:18 第5章 ネズミ1匹5銭
21:57 結び ネズミとノミを数えた人たち
■ 主な出典(2026年10月に確認)
・国立健康危機管理研究機構(JIHS)「ペスト」/厚生労働省/WHO ファクトシート(ペスト)
・厚生労働省 神戸検疫所「歴史年表」・横浜検疫所「横浜検疫所の変遷」・広島市公文書館
・北里柴三郎記念室・パスツール研究所・国立国会図書館「本の万華鏡」
・Spyrou ほか(Nature, 2022)・Wheelis(Emerging Infectious Diseases, 2002)・Tognotti(Emerging Infectious Diseases, 2013)
・Ann Bowman Jannetta『Epidemics and Mortality in Early Modern Japan』(1987)
・Bibel & Chen(Bacteriological Reviews, 1976)・Frith(Journal of Military and Veterans' Health, 2012)
※患者・死者の数は国立健康危機管理研究機構によります。古い統計には死者の数を少なく出すものもあります。中世のヨーロッパの死者の割合は推計で、研究者の間で大きな幅があります。
※北里柴三郎とイェルサンのどちらをペスト菌の発見者とするかは、研究者の間で意見が分かれています。
※ペストは今は抗菌薬で治療できる病気です。最新の情報は厚生労働省・国立健康危機管理研究機構・WHO をご覧ください。
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