安藤組と山口組~花形敬は実は山口組の関東の拠点になった組織によってしとめられていた!山口組と稲川会という二大組織と、時代のあだ花になった安藤組の本当の関係を詳しく解説~
戦後渋谷を席巻し裏社会を疾風のように駆け抜けた安藤組は山口組と稲川会という東西の巨大組織と実はさまざまな因縁がありました。
安藤組をつくった張本人でその安藤組を解散させたあと銀幕のスターになった安藤昇は俳優になってから二度山口組のドン田岡一雄に会っています。
当時松竹の俳優だった安藤に対して田岡は万事を小田秀臣に託して撮影に支障がないように助力したといいます。
そういう平和な関係があった一方で安藤組のスター花形敬を追い込んだのはその田岡が率いた山口組に連なった組織でした。
実は山口組の関東の拠点になった組織が花形をしとめたのです。
東の雄・稲川会との関係も似たようなところがありました。
安藤と稲川会のドン・稲川聖城は現役のころから「安ちゃん、貸元」と呼び合い共同で賭場を開帳するほどの昵懇ともいっていい仲でした。
こういうトップ同士の友好関係があった一方で晩年の安藤組を支えた西原健吾をしとめたのはその稲川会傘下の組織でした。
本動画では安藤組とその解散後に安藤組の残党たちがつくった第二期東興業と呼ばれた組織が山口組、稲川会という巨大組織とどんな関係にあったのか詳しくみていきます。
コメント 読み込み中…