元ミシン日本一・リッカーはなぜ消えた?|ブラザーもジャノメも抜いた王者
1962年、リッカーは家庭用ミシンの販売およそ27万台で国内1位に立ち、お客から預かった積立金はおよそ173億円、今の物価でおよそ450億円にのぼりました。
ところが、その頂点からおよそ20年後の1984年に行き詰まり、1994年には会社の名前そのものが消えてしまいます。
毎月500円の積立で全国の家庭に入り込んだミシン会社は、なぜ消えてしまったのか。日本一に上り詰め、消えるまでの46年を追います。
▼目次
0:00 はじめに
2:21 会計の専門家と月掛予約
5:07 二度の不渡りと離反
7:22 野球部と日本一の座
11:16 家電への進出と創業者の死
13:26 ホテル構想と1200億円計画
15:31 1株5円の配当と架空の帳簿
18:23 最後の日々
22:31 暴かれた329億円と社名の消滅
26:46 なぜ消えたのか
29:06 消えた物と残った物
30:28 おわりに
◼️ 主な参考資料
・沢井実「ミシン工業におけるアセンブル・部品メーカーの帰趨」『経営史学』54巻3号(2019年)
・吉見宏「我が国における企業不正事例(3)」『經濟學研究』45巻4号(北海道大学、1996年)
・国会会議録(1964年6月16日 衆議院大蔵委員会、1984年7月〜8月・1985年4月〜5月の衆参の委員会)
・TIME "Japan: Sewing Up the Game"(1964年5月8日)
・公益財団法人 平木浮世絵財団「概要」「平木コレクション」
◼️ 画像(Wikimedia Commons)
・CC BY:組曲師、wilford peloquin、nayukim
・CC BY-SA:Scailyna、Wiiii、Asturio Cantabrio、文化服装学院出版局『装苑』、Miya.m、Roger W from Sarasota, Florida, U.S.A.、うぃき野郎、Rs1421、っ、Kakidai、LERK
・そのほかはパブリックドメイン・CC0。地図は Natural Earth
ご自宅やご実家にリッカーのミシンがあった方、毎月の集金や友の会の積立に思い出がある方は、ぜひコメント欄で教えてください。
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