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道順はあるのに、なぜ邪馬台国は見つからない?「千余里」を計算して見えた落とし穴

未確認情報アーカイブ45,144回視聴投稿日: 2026/10/22
朝鮮半島から対馬へ千余里、対馬から壱岐へ千余里、壱岐から九州へも千余里。 魏志倭人伝は、卑弥呼の国へ向かう三つの海を、すべて同じ数字で書いています。 ところが実際の海の幅は、約50キロ・約50キロ・約20キロ。一里を何メートルとみても、三つの数字はそろいません。 一里の長さを変える短里説、総距離から引き算して女王の都までを求める計算、船旅の日数、そして女王国から東へ渡る「もう一つの千余里」。 記録をたどった先に見えてきたのは、海を知る人々が、都への道そのものを握っていたかもしれない、という一つの仮説でした。 もし、この記録について何か知っている方がいれば、コメントで情報を教えてください。 ▼目次 0:00 導入 1:37 第1章 長すぎる千余里 4:42 第2章 短い海に残った同じ数字 8:18 第3章 引き算で現れる1300里 12:47 第4章 日数の先に現れた千余里 17:11 第5章 海を知る人々と女王への入口 21:47 第6章 女王の都を隠す千余里 ※本動画は史料と公的な解説をもとにした調査報告です。第6章の内容は、記録から考えた一つの仮説として紹介しています。 今回の調査記録について気になる点があれば、コメントで教えてください。 あなたの意見や考察もお待ちしております。次の調査の参考にします。 【主な参考資料】 ・『三国志』魏書 東夷伝 倭人条(魏志倭人伝) ・『隋書』倭国伝 ・桂忠彦「対馬〜五島列島周辺海域の海底地質」(海上保安庁水路部研究報告 第28号、1992年) ・内閣府による対馬の解説 ・国土交通省「原の辻遺跡」解説文/長崎県文化財データベース「原の辻遺跡」 ・吉野ヶ里歴史公園「論争の背景」 ・野上道男(2015)日本地理学会 春季学術大会 発表要旨 【使用素材】 ・魏志倭人伝の版本、天保国絵図 対馬国、九州西岸の海図、前漢の物差し、船形埴輪、原の辻遺跡の写真:Wikimedia Commons(パブリックドメイン/CC0) ・対馬から見た釜山の写真:ブルーノ・プラス(CC BY-SA 4.0)/Wikimedia Commons ・実写映像:Pexels ・BGM:OpenTracks(旧DOVA-SYNDROME) ・効果音:効果音ラボ ・イラスト:AI生成 ・ナレーション:ElevenLabs #魏志倭人伝 #邪馬台国 #卑弥呼 #対馬 #壱岐 #古代史 #都市伝説

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