道順はあるのに、なぜ邪馬台国は見つからない?「千余里」を計算して見えた落とし穴
朝鮮半島から対馬へ千余里、対馬から壱岐へ千余里、壱岐から九州へも千余里。
魏志倭人伝は、卑弥呼の国へ向かう三つの海を、すべて同じ数字で書いています。
ところが実際の海の幅は、約50キロ・約50キロ・約20キロ。一里を何メートルとみても、三つの数字はそろいません。
一里の長さを変える短里説、総距離から引き算して女王の都までを求める計算、船旅の日数、そして女王国から東へ渡る「もう一つの千余里」。
記録をたどった先に見えてきたのは、海を知る人々が、都への道そのものを握っていたかもしれない、という一つの仮説でした。
もし、この記録について何か知っている方がいれば、コメントで情報を教えてください。
▼目次
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1:37 第1章 長すぎる千余里
4:42 第2章 短い海に残った同じ数字
8:18 第3章 引き算で現れる1300里
12:47 第4章 日数の先に現れた千余里
17:11 第5章 海を知る人々と女王への入口
21:47 第6章 女王の都を隠す千余里
※本動画は史料と公的な解説をもとにした調査報告です。第6章の内容は、記録から考えた一つの仮説として紹介しています。
今回の調査記録について気になる点があれば、コメントで教えてください。
あなたの意見や考察もお待ちしております。次の調査の参考にします。
【主な参考資料】
・『三国志』魏書 東夷伝 倭人条(魏志倭人伝)
・『隋書』倭国伝
・桂忠彦「対馬〜五島列島周辺海域の海底地質」(海上保安庁水路部研究報告 第28号、1992年)
・内閣府による対馬の解説
・国土交通省「原の辻遺跡」解説文/長崎県文化財データベース「原の辻遺跡」
・吉野ヶ里歴史公園「論争の背景」
・野上道男(2015)日本地理学会 春季学術大会 発表要旨
【使用素材】
・魏志倭人伝の版本、天保国絵図 対馬国、九州西岸の海図、前漢の物差し、船形埴輪、原の辻遺跡の写真:Wikimedia Commons(パブリックドメイン/CC0)
・対馬から見た釜山の写真:ブルーノ・プラス(CC BY-SA 4.0)/Wikimedia Commons
・実写映像:Pexels
・BGM:OpenTracks(旧DOVA-SYNDROME)
・効果音:効果音ラボ
・イラスト:AI生成
・ナレーション:ElevenLabs
#魏志倭人伝 #邪馬台国 #卑弥呼 #対馬 #壱岐 #古代史 #都市伝説
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