昭和の「ジュニアスポーツ自転車」が絶滅した理由とは?
昭和40年代〜50年代に少年たちに大流行したフラッシャー自転車、スーパーカー自転車はなぜ絶滅したのでしょう。ヒキタ博士は「その理由はカマキリとファミコンと、80年代という時代そのものに理由があった」と分析します。
フラッシャーに、巨大変速ボックス、リトラクタブルライト、セミドロハンドル…。あの時代、ぼくらは確かに夢のスーパー自転車に乗ってました。一漕ぎ一漕ぎが明日の夢への一歩でした。
あの時代のあのジュニアスポーツ自転車は、いわば極東の島国に咲いた「時代の徒花」だったと思うのです。奇妙な美意識に基づいた「徒花」。そして、その徒花はたった15年の間だけ咲き誇りました。そして世界の自転車シーンに明らかな足跡を残したのです。
いよいよ完結編です。
BSロードマン、カマキリなどとともにお楽しみ下さい。
【訂正】すみません、一部訂正。ファミコンの発売は1982年→1983年でした。申し訳ない。なんで間違ったんだろう。
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