インベーダーブームの子どもを夢中にさせたすがやみつるが、自分から閉じた『ゲームセンターあらし』の真実
インベーダーゲームが流行したころ、子どもたちを夢中にさせ、テレビアニメにもなった、すがやみつる先生の漫画「ゲームセンターあらし」。
その人気のさなかに、すがや先生はもう連載の終わりを見越して次の仕事の準備を始め、1983年、自分のほうから連載を終わりにしたいと申し出ます。
コロコロコミックで大人気だったゲームセンターあらしを、すがや先生はなぜ自分から閉じたのか。
本人の言葉と当時の記録から解説します。
この動画で扱うこと
・ラジオ作りの少年だったすがやみつる先生が、石森章太郎先生の「少年のためのマンガ家入門」に憧れ、石森プロで仮面ライダーの漫画を描いて世に出るまで
・題名まで決まっていたコロコロコミックの企画に、機械好きで「宇宙人」と呼ばれたすがや先生が選ばれたわけ
・一度きりの読み切りが、スペースインベーダーのブームとウルトラマンの増
刊号のアンケートで連載になるまで(後楽園球場の大勝負)
・炎のコマ、グレートタイフーン。作者と編集部で受け止め方が違った必殺技と、ギャラクシアン・パックマンなど本物のゲームの描き方
・1982年のテレビアニメ化と、人気のピークのころに描きはじめた学習まんが「こんにちはマイコン」
・ドンキーコング、ゼビウス、ファミコンの登場で、ゲームが物語とキャラクターを持ちはじめたとき、あらしの描き方に起きたこと
・1983年のコロコロコミック10月号の最終回と、次の連載「マイコン電児ラン」
ゲームセンターあらし(すがやみつる先生/小学館 コロコロコミック 1979年〜1983年連載)
みなさんの「ゲームセンターあらし」の思い出を、ぜひコメントで教えてください。
#ゲームセンターあらし #すがやみつる #コロコロコミック
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