謎の渡来人「秦氏」は、なぜ古代日本でこれほど大きな力を持てたのか?
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朝廷の蔵の鍵を担ったと伝えられ、宮殿の建設で大きく昇進した人物もいる。それなのに、秦氏は政治の頂点に立ったわけではありませんでした。
なぜ秦氏は、古代日本で大きな力を持てたのか。日本書紀・古語拾遺・新撰姓氏録・続日本紀・日本三代実録と、地方の木簡を並べて、秦氏が何を担っていたのかをたどります。
742年に恭仁宮の垣を築いて位を十四段階上げた人物、天皇の夢に現れた商人、朝廷の蔵の出納と鍵の管理、長岡京の造営で昇進した人々、そして京都の土地と地方の木簡に残る名前。史料で確かめられること、後の時代の説明であること、記録からは分からないことを分けて紹介します。
【目次】
0:00 冒頭
0:33 宮の垣を築いた男
3:34 秦氏は、政治の中心にいなかったのか
6:30 散らばっていた秦の民
11:07 七千五十三戸という数字
13:23 天皇の夢に現れた商人
16:20 朝廷の蔵の鍵は、誰が持っていたのか
20:28 秦氏は、自分たちをどう説明したのか
22:55 聖徳太子と秦河勝
25:10 銭二千貫と牛十頭
28:36 長岡京の建設で昇進した秦氏
32:21 京都の土地と秦氏
34:54 木簡に残った秦部旅人
38:23 秦の名前が変わった後
41:47 秦氏の力は、どこから来たのか
【主な史料・資料】
・『続日本紀』(国史大系 第2巻、経済雑誌社、1897)国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/991092
・『日本三代実録』(国史大系 第4巻、経済雑誌社、1897)国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/991094
・『古語拾遺』(斎部広成 著、加藤玄智 校、岩波文庫、1933)国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1170418
・『新撰姓氏録』下之本(刊本)国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/2553146
・袴狭遺跡出土木簡(奈良文化財研究所 木簡庫 MK022250000016) https://mokkanko.nabunken.go.jp/en/MK...
・恭仁宮跡の規模(京都府の発掘調査資料、文化庁 文化遺産オンライン)
※日本書紀・秦氏本系帳・政事要略などは、後の時代の書物による説明を含みます。
【画像・史料の出典】
・国立国会図書館デジタルコレクション(パブリックドメイン)の頁画像を、該当の部分へ寄って表示しています。
・陸地の形: Natural Earth(パブリックドメイン)
・図解・地図・歴史情景の映像は当チャンネルの制作です。
※本動画は諸説ある内容を紹介しています。
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