【油断大敵】信長の大うつけ伝説は嘘だったのか? 足軽・伊助の証言から見る真相
"大うつけ"と呼ばれた若い信長の振る舞いは、本当に周りを油断させるための演技だったのか。そばで肩を貸していた足軽の目で、『信長公記』に答え合わせをしていきます。
▼章立て
00:00 オープニング
01:36 殿は人の肩にぶら下がる
06:26 抹香と守り役
10:41 屏風の向こう
14:55 美濃の槍は短かった
19:20 大風の海を渡る
24:12 舟は1艘だけ
29:08 殿のひと声
33:34 清洲の北の矢蔵
▼主な参考文献・資料
・太田牛一『信長公記』首巻(近藤瓶城編『史籍集覧』第19冊、近藤出版部、1921。国立国会図書館デジタルコレクション)
・『我自刊我書』所収『信長公記』巻之上(1881。国立国会図書館デジタルコレクション)
・岐阜市「まちなか博士」第3章
・名古屋市『特別史跡名古屋城跡保存活用計画』/名古屋市中区・北区・西区・千種区の資料/名古屋コンシェルジュ「万松寺」「城山八幡宮」
・天白区役所『天白歴史探訪マップ』/一宮市観光協会「聖徳寺跡」
・岐阜県観光連盟「大良の戦い」
・東浦町観光協会「村木砦の戦い」資料
・『日本人名大辞典』『ブリタニカ国際大百科事典』『日本歴史地名大系』(コトバンク)
・木下聡『斎藤氏四代』ミネルヴァ書房、2020/池上裕子『織田信長』吉川弘文館、2012/谷口克広『天下人の父・織田信秀』祥伝社、2017
・西股総生(JBpress、2020)
・国立天文台 暦計算室「日本の暦日データベース」
▼資料画像の出典
・『史籍集覧』第19冊(国立国会図書館デジタルコレクション)より コマ66・コマ78
※AI生成映像で再現しています。史実の描写には諸説あります。
あなたが伊助だったら、屏風の向こうから出てきた殿を見て、裏切られたと思ったでしょうか。それとも、ほっとしたでしょうか。ぜひコメントで聞かせてください。
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#戦国時代 #織田信長 #斎藤道三
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