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邪馬台国はどこにあったのか|有名な候補地8か所を、魏志倭人伝の6つの物差しで採点した

日本古代史の検証所1,217回視聴投稿日: 2026/11/05
邪馬台国はどこにあったのか。候補地は九州から関東まで数十か所あります。その中から有名な8か所(吉備・出雲・阿波・宇佐・山門・朝倉・吉野ヶ里・奈良)を、魏志倭人伝に書かれた6つの物差し(方角・広い土地・宮殿と物見やぐらと柵・鏡・朱・大きな墓)で、同じように比べました。それぞれの説を推す人の一番の根拠と、発掘で分かっている事実も1つずつ紹介しています。方角と土地の広さは、国の標高データなどで自分で測りました。一番多く合ったのはどこだったのか。あなたはどこだと思いますか? ぜひコメントで教えてください。 邪馬台国はどこにあったのか(魏志倭人伝の道のり):   • 邪馬台国はどこにあったのか|魏志倭人伝の道のりを、自分で地図にたどってみた   卑弥呼の墓は宇佐神宮の下にあるのか:   • 卑弥呼の墓は宇佐神宮の下にあるのか|本殿の丘を標高データで測り、石棺の目撃談をたどった   邪馬台国はどこへ消えたのか(空白の150年):   • 邪馬台国はどこへ消えたのか|空白の150年を、古墳の地図と朝鮮の記録で確かめた   ▼目次 0:00 有名な候補地8か所を採点する 0:49 物差しの作り方 3:43 吉備 5:35 出雲 7:23 阿波 9:12 宇佐 10:51 山門 12:41 朝倉 14:19 吉野ヶ里 16:30 奈良 19:03 答え合わせ ▼この動画の物差し(点の付け方) ・方角:倭人伝は不弥国の先を「南」と書く。場所の分かる区間で比べると、記録の方角は実際と最大66度ずれていたので、南から66度以内を「合う」とした(自前の計測) ・広い土地:七万余戸は倭人伝で一番大きな国。奴国(福岡平野)より広い平らな土地があるかを、国土地理院の標高データで半径20kmの中を測って比べた(自前の計測) ・宮殿・物見やぐら・柵:3世紀前半の遺跡で3つそろえば「合う」、1〜2つなら「一部」 ・鏡:3世紀前半の中国の鏡が確かめられれば「合う」、年代や種類があいまいなら「一部」 ・朱:朱を掘った山があれば「合う」、朱を使った墓があれば「一部」 ・墓:3世紀中ごろの大きな墓があれば「合う」、大きさか年代の片方が合えば「一部」 ・どの物差しでも、年代について研究者の見方が割れている物は「一部」。合う=1点、一部=0.5点 ・方角と土地の0点は「書かれた通りに読むと合わない」、ほかの0点は「まだ確かめられていない」という意味で、その説がハズレという意味ではない ▼出典・参考 一次資料 ・『三国志』魏書 東夷伝 倭人条(魏志倭人伝)、『日本書紀』巻9 神功皇后紀 発掘・研究 ・吉野ヶ里歴史公園「吉野ヶ里の歴史」「魏志倭人伝」解説、文化遺産データベース「平塚川添遺跡」、佐賀県の発表(2023年 吉野ヶ里遺跡の石棺墓) ・Wikipedia「楯築墳丘墓」「特殊器台」「浦間茶臼山古墳」「投馬国」「荒神谷遺跡」「加茂岩倉遺跡」「西谷墳墓群」「若杉山遺跡」「萩原墳墓群」「宇佐神宮」「川部・高森古墳群」「田油津媛」「女山神籠石」「平塚川添遺跡」「吉野ヶ里遺跡」「纒向遺跡」「箸墓古墳」「ホケノ山古墳」「邪馬台国論争」「白鳥庫吉」「内藤湖南」「安本美典」ほか 計算・地図 ・方角:国土地理院の地名検索の座標から自前で計算 ・平らな土地:国土地理院 標高タイル(DEM10B)を自前で計測 ・地図:国土地理院 標高タイル・陰影起伏図を加工 画像:Wikimedia Commons(各画面に表示) #邪馬台国 #卑弥呼 #魏志倭人伝 #吉野ヶ里 #纒向遺跡 #古代史 #日本史 #日本古代史の検証所

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