【完全版】赤穂事件全史|なぜ四十七士は“死ぬと分かっていて”討ち入ったのか、松之廊下から泉岳寺まで
1701年、江戸城・松之廊下。わずか数秒の刃傷が、300人の家臣の運命を変えた。
斬られた吉良は生き、斬った浅野はその日のうちに切腹――片方だけの裁きから1年10か月、47人は本所の吉良邸へ討ち入る。
「忠臣蔵」になる前の、本当の赤穂事件を12の局面でたどります。
▼目次
0:00 オープニング
3:34 第1章 松之廊下の数秒
10:25 第2章 なぜ斬ったのか
17:26 第3章 早駕籠、155里
23:20 第4章 赤穂城、最後の評定
29:16 第5章 山科の大石
35:15 第6章 揺れる盟約
40:25 第7章 御家再興の終わり
46:39 第8章 江戸潜伏
53:44 第9章 雪の本所
59:41 第10章 泉岳寺への道
1:05:52 第11章 義か、法か
1:12:01 第12章 忠臣蔵の誕生
1:19:36 エンディング
最後までご覧いただきありがとうございました。
四十七士は義士か、それとも法を破った者たちか――ぜひコメントで教えてください。
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▼この動画について
・年は西暦、月日は当時の暦(旧暦)で表記しています。
・年齢は数え年です。
・動機(遺恨の中身)、討ち入りの人数・死傷者、寺坂吉右衛門の離脱理由などには諸説あります。「〜と伝わる」「諸説あり」としたものは確かな史料で裏づけられていない話です。
・南部坂雪の別れ、火事装束・陣太鼓、岡野金右衛門の絵図の話などは後世の芝居・講談による創作と考えられています。
・ナレーションにはAI音声を使用しています。BGM:YouTubeオーディオライブラリー「Curse Of Old - Density & Time」。
#赤穂事件 #忠臣蔵 #四十七士 #日本史 #通史絵巻
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