桶狭間で負けた今川家は、そのあとどこへ消えたのか|義元・氏真・家康・信玄…1560年から明治まで【勢力図】
東京の杉並区に、今川という町があります。その町の寺にあるのは、桶狭間で討たれた今川義元の、跡継ぎの墓です。跡継ぎの今川氏真は、父の死から9年で、3つの国をすべて失いました。
ところが、家は消えませんでした。1560年の桶狭間から、織田・武田・徳川に囲まれた駿河・遠江・三河の地図の変わり方をたどり、地図から消えたあとの今川家が、江戸の世をどう生きたのかまで、およそ37分でお話しします。
■目次
0:00 はじめに
0:28 今日の問題と、地図の見方
1:03 第1章 桶狭間の1日
5:10 第2章 「元」の字を捨てた男
9:15 第3章 3つの家の花嫁
13:04 第4章 7日で落ちた駿府
16:30 第5章 掛川城の5か月
19:56 第6章 地図から消えた家
24:19 第7章 品川の屋敷と500石
27:46 第8章 高家という仕事
30:26 第9章 若年寄になった高家
33:04 第10章 75石と20円
36:28 締め 地図の上では9年、地図の外では300年以上
■この動画の見方
・地図の色は、その家の領地です。年の札は、その時の年です。
・資料で数字や出来事が食い違う所は、「諸説あります」の札を出して、両方をお話しします。
・肖像の伝わらない人物と、本物の絵が無い場面は、想像図(生成AIで作成)です。画面にも札をつけています。
あなたの地元にも、地図から消えたあと、別の姿で続いた家はありますか。よければコメントで教えてください。次に解説してほしい家も、お待ちしています。
日本史マップ【極】は、本物の絵巻・肖像・史料と、色が塗り変わる立体の地図で、日本の家と戦のゆくえをたどるチャンネルです。毎日17時に新しい回を公開しています。
■出典
・資料 日本大百科全書・ブリタニカ国際大百科事典・寛政重修諸家譜ほかの史料と辞典、Wikipedia 日本語版
・地図 国土地理院の地理院タイル・CODH『歴史的行政区域データセットβ版』(CC BY 4.0)を加工
・写真・家紋の一部(CC BY-SA 2.5〜4.0)作者: Hakko-daiodo、KKPCW、User:Kentin、立花左近、Tomio344456、Monado、Halowand、江戸村のとくぞう、katorisi、Reggaeman、PlusMinus、Lombroso、IshizakiA、Banku(CC BY 4.0: Hyppolyte de Saint-Rambert)
・写真・絵・家紋のクレジットは動画内に表示しています
#日本史 #桶狭間の戦い #今川氏真
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