雲の正体|なぜ500トンの水が、空から落ちてこないのか
晴れた日に浮かんでいる、あの白いかたまり。一辺一キロぶんで、中の水はおよそ五百トンあります。満載のジャンボジェットより重い。それが、落ちてきません。
なぜ浮いていられるのか。この問いには、答えがありません。問いのほうが間違っているからです。
雲は浮いていません。雲を作っている粒は、いまこの瞬間も落ちつづけています。秒速、およそ一センチ。それでも地面に届かないのは、届く前に作り直されているからです。
山にかかったまま何時間も動かない雲があります。あの雲の中を、風は時速百キロで通り抜けています。形は止まっているのに、中身は入れ替わりつづけている。雲は、ものの名前ではありませんでした。水が空気から出ていく、その現場につけられた名前です。
そして、そこに水が集まれるかどうかを決めているのは、水ではありません。塵です。
一八八〇年、スコットランドの町の自宅の実験室で、ジョン・エイトケンという人がガラスの容器を二つ並べました。片方はふつうの部屋の空気、もう片方は綿を何度も通して埃を取りのぞいた空気。同じ温度、同じ水蒸気の量で、同じだけ冷やす。ふつうの空気はたちまち真っ白になり、埃を取ったほうは透明なままでした。
彼はこう書いています。「もし空気の中に塵が無かったなら、霧も、雲も、もやも無く、おそらく、雨も無い。」
空に雲があるのは、空が汚れているからでした。
そして同じ論文の少しあとに、彼はもうひとつ書いています。塵が少なくなると、できる粒は数が減るだけでなく、一粒ずつが重くなり、落ちながらさらに大きくなる、と。百四十年あと、人工衛星が海の上で見つけたものは、その裏返しでした。
■ この動画で分かること
・一辺一キロの積雲に、水はおよそ500トン(ジャンボジェットより重い/ゾウ80頭ぶん)
・その中で水が占める体積は200万分の1。雲の中身のほとんどは空気
・雲粒の落ちる速さは、計算で出せる。半径0.01mmで秒速1.2センチ(1000m落ちるのに23時間)
・「浮いている」は正しくない。落ちている。ただし遅すぎて、その間に運ばれるか消えるかする
・雲の底が平らなのは、そこが「水が水でいられる高さ」の境目だから
・雲を含んだ空気のかたまりは、まわりより1立方メートルあたり10グラム軽い(水蒸気は空気より軽い)
・粒は落ちていて、かたまりは軽い。どちらもほんとうで、見ている単位が違うだけ
・レンズ雲は、風上のへりで作られ風下のへりで消えている。形だけがその場に残る
・雲の底の高さは、地上で(気温−露点)×125 で計算できる。晴れた日に自分で試せる
・冷やしただけでは雲はできない。半径1nmの水滴が消えずにいるには湿度332%が要る
・実際の空はせいぜい100.5%。だから核(塵)が無ければ、雲は一つもできない
・塩の粒が1粒(10⁻¹⁶グラム)あるだけで、必要な湿度は332%から100.4%へ落ちる
・雲粒の数は水の量ではなく核の数で決まる。海の上は角砂糖ひとつに約100個、都市では1000個超
・雨粒ひとつは雲粒100万個ぶん。水蒸気をくっつけるだけでは1〜3か月かかる(実際は30分)
・雲は自分で自分の足を止める。粒が育つと湿度が100%へ戻ってしまう
・地球の雲の多くは、一滴の雨も降らせずに終わる。雨が降るほうが例外
・きれいな水は0℃では凍らない。−38℃あたりまで液体でいられる(過冷却)
・氷の足場(氷晶核)は雲粒の核の100万分の1以下。植物につく細菌がその足場になる
・スキー場の人工雪には、その細菌から取った成分が使われていることがある
・同じ空気の中で、氷から見れば「湿りすぎ」、水滴から見れば「乾きすぎ」になる
・−12℃で差は最大。氷だけが育ち、水滴だけが痩せる(ヴェーゲナー・ベルジェロン・フィンダイセン過程)
・日本で降る雨の多くは、数十分前まで雪だった。真夏の夕立も例外ではない
・理屈を最初に書いたのは、大陸移動説で50年笑われたアルフレート・ヴェーゲナー(1911年)
・気づいたのはベルジェロン。1922年の冬、オスロ郊外の療養所の散歩道で、霧が霜に吸い取られていた
・熱帯では氷なしで降る。大きい粒が速く落ち、小さい粒に追いついて呑む(併合)
・その「最初の一粒」がどこから来るのかは、いまも完全には決着していない
・雨粒は涙のかたちをしていない。上が丸く、底が平らでくぼんでいる
・直径4〜5mmを超えると自分で壊れる。だから雨の速さには上限(秒速9m)がある
・空気が無ければ、1000mから落ちた水は秒速140mで頭に当たる
・核が多すぎても雨は降らない。粒が小さくそろい、追いつけずぶつからない
・船の航跡に沿って雲ができる。人が出した粒が雲を変えていることが宇宙から見える
・1946年、GEの研究室で冷凍庫が冷えず、ドライアイスを放りこんだ瞬間に氷の結晶が現れた
・ヨウ化銀を見つけたのはバーナード・ヴォネガット。弟は作家のカート・ヴォネガット
・種まきで実際に増えた雪の量が測れたのは2020年。ならすと厚さ0.1ミリだった
・雲は地球を差し引き21ワット冷やしている。CO₂倍増(4ワット)の5倍を打ち消している
・IPCC 第六次評価報告書は「もっとも不確かなのは雲」と書いている
・格子は数十キロ、雲粒は0.01ミリ。10桁のひらきがあるので、雲は計算されず見積もられている
・大気の水は9日で入れ替わる(自分の割り算9.12日と、論文の8.9日が一致)
・空全体の水を一度に降らせても25ミリ。くるぶしにも届かない
■ 断定していないこと
・粒が細かい雲が「雨を降らせにくくする」効果の大きさは、報告書自身が不確かと書いています。この動画でもそのまま引いています。
・併合の「最初の一粒」がどこから来るかは、大きな核・乱れ(うず)などの説が並んでいて、決着していません。
・人工降雨の効き目は、2020年の実験で初めて明確に測れましたが、規模も条件も限られています。「増やせる」と一般化はしていません。
・雲の底の高さの式(気温−露点)×125 は、あくまで目安です。
・気候変動の政策論・気候工学の是非には踏み込んでいません。
■ 主な出典
・John Aitken (1880/81) On Dust, Fogs, and Clouds, Trans. Roy. Soc. Edinburgh 30, 337–368(本文を逐語確認)
・IPCC AR6 WGI, FAQ 7(「もっとも不確かなのは雲」「長らく最大の不確かさの源」は本文から)
・R. J. van der Ent & O. A. Tuinenburg (2017) The residence time of water in the atmosphere revisited, HESS 21, 779(8.9 ± 0.4 日)
・K. Friedrich et al. (2020) Quantifying snowfall from orographic cloud seeding, PNAS 117, 5190(SNOWIE)
・A. Wegener (1911) Thermodynamik der Atmosphäre
・T. Bergeron (1935) On the physics of clouds and precipitation
・W. Findeisen (1938) Die kolloidmeteorologischen Vorgänge der Niederschlagsbildung
・H. Köhler (1936) The nucleus in and the growth of hygroscopic droplets
・落下速度・ケルビン効果・ケーラー曲線・飽和水蒸気圧の数値は、すべて自分で計算しています
■ クレジット
Music: Origami by Scott Buckley (CC BY 4.0) https://www.scottbuckley.com.au/
写真: Wikimedia Commons(パブリックドメイン/CC BY のもののみ)
学びたい大人のための大学
専門の、はるか奥。最先端まで掘り下げる。
■ 章
0:00 導入
1:09 第1章 頭の上に、五百トン
6:29 第2章 雲粒は、落ちている
12:02 第3章 形は止まっているのに、空気は通り抜けている
17:05 第4章 埃がなければ、雲はできない
22:26 第5章 一兆分の一グラムの、さらに一万分の一
27:07 第6章 それでも、雨にはならない
31:30 第7章 あなたが見た雨は、一度、雪だった
38:16 第8章 大きいものほど速く落ちる
43:25 第9章 汚しすぎると、降らなくなる
50:33 第10章 いちばん近くにあって、いちばん分からないもの
55:45 おわりに 出来事の名前
#雲の正体 #気象学 #科学解説
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