【織田信長の息子たち】本能寺の変の後、天下人の子らに何が起きたのか|豊臣兄弟
天正10年、1582年6月2日。京の本能寺で、織田信長が死にました。残された息子たちは、どうなったのか。父の葬儀を取り仕切ったのは家来の秀吉で、翌年には三男・信孝が、実の兄に切腹を迫られます。
信長の息子たちは、なぜ父の天下を守れなかったのか。天下を託された長男・信忠、将来を期待された三男・信孝、秀吉の養子になった四男・秀勝、武田の人質から帰った五男・勝長、秀吉の家来になった六男から十一男、3歳で織田を継いだ孫・三法師。そして「バカ殿」と呼ばれた次男・信雄。それぞれの評判と最期をたどります。
視聴者の方からいただいたご質問「織田信長の死後、息子たちはどのような運命をたどったのか?」にお答えする動画です。
▼目次
0:00 本能寺の朝
1:07 第一章 天下を託された長男
4:05 第二章 同じ年に生まれた弟
7:00 第三章 本能寺
9:53 第四章 父の葬儀
12:10 第五章 野間の寺
14:57 第六章 砂の上の秀吉
19:13 第七章 父の国
24:38 第八章 祖父の山
28:15 第九章 天下を失った息子
▼このチャンネルについて
「日本史の素顔」は、歴史の中で「悪役」や「脇役」にされてきた人たちを、残された記録から見直すチャンネルです。
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▼主な参考文献・史料
・太田牛一『信長公記』
・『當代記』
・村上直次郎訳『耶蘇会の日本年報』
・『大日本史料』第11編・第12編、『史料綜覧』
・『津田宗及茶湯日記』
・『駿府記』
・『寛政重修諸家譜』
▼制作について
会話や心情の場面は、史料をもとにした創作を含みます。信孝が信雄より20日早く生まれた話(『當代記』は逆に信孝を弟とします)、信孝の母が磔にされた話、矢田河原で秀吉が膝をついて信雄を迎えた場面、信孝の辞世、三成の誘いの条件、福島正則の命乞い、血天井の由来、1614年の大坂城での淀殿の言葉と、信雄が舟の底に隠れて大坂を去った話は、江戸時代の書物などに書かれた話です。
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