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【本能寺の変 その後】織田信長の遺体はどこへ消えたのか? 信長公記を全部読み、本能寺の火事をAIで10万回再現したら、骨の行き先が見えた

AI都市伝説検証室40,629回視聴投稿日: 2026/10/30
【本能寺の変の続き】前回の動画「本能寺の変の黒幕をAIに推理させたら」はこちら →    • 【440年の謎】本能寺の変の黒幕をAIに推理させたら、意外な人物が浮かび上がった   秀吉の「信長様はご無事」の手紙と中国大返しを検証した動画はこちら →    • 【中国大返し】「神業」と呼ばれた豊臣秀吉の230km大行軍は本当だったのか? 2万人...   1582年6月2日、本能寺で命を落とした織田信長。ところが、その遺体と首は、440年以上たった今も見つかっていません。 生き延びた、火薬で吹き飛んだ、誰かが持ち出した――。本能寺の変の動画に多くいただいた「信長の遺体はなぜ見つからないのか」というコメントから、今回はこの謎をAIで検証しました。 AIにさせたことは3つです。 ・信長の家臣が書いた『信長公記』を最初から最後まで読み、最期が書かれた戦国の大将たちの「首の行方」を数える ・本能寺の御殿の火事を、燃え方の条件を変えながら10万回再現し、体と骨がどうなったか、焼け跡に入れるのは何時ごろかを出す ・遺体の行き先についての7つの説を、同じところから始めて、手がかりを1つずつ入れて確からしさを計算する 決め手になったのは、事件から約40日後に京都の公家が書いた、1行の日記でした。 ※ 結論は「今残っている記録と計算をつないだときに、一番筋が通る答え」です。ほかの見方も動画の最後で説明しています。 ■ 目次 0:00 はじめに 3:09 信長の最期 5:36 遺体が消えたのは、信長だけか 9:20 本能寺の火事を再現する 13:45 光秀は、なぜ探し出せなかったのか 16:16 信長の骨は、どこへ行ったのか 26:19 首を渡さなかった信長 ■ 使った史料(国立国会図書館デジタルコレクション) ・太田牛一『信長公記』(明治14年刊) ・山科言経『言経卿記』天正10年7月11日条、雍州府志(1684年)ほか:東京大学史料編纂所『大日本史料』第十一編之二(1928) ・『信長公阿弥陀寺由緒之記録』:『史料通信叢誌』第4編(1897)、成立は『改定史籍集覧 総目解題』(1921)による ・『史料綜覧』巻11(光秀の首が本能寺にさらされた日付ほか) ・秀吉の中川清秀あて書状(梅林寺文書) ■ AIの計算に使った研究 ・Bohnert M, Rost T, Pollak S (1998) The degree of destruction of human bodies in relation to the duration of the fire. Forensic Science International 95:11-21 ・木材の炭化の速さ(木造建築の防火設計で使われる値) ・京都市埋蔵文化財研究所『平安京左京四条二坊十五町跡・本能寺城跡』(2008) ■ 画像 ・画像は Wikimedia Commons・国立国会図書館デジタルコレクションより ・阿弥陀寺の山門(京都市上京区):Bittercup/CC BY-SA 4.0(https://commons.wikimedia.org/wiki/Fi... ・織田信長公本廟の碑(阿弥陀寺):CC0 ・そのほかの武将の肖像画はパブリックドメイン ■ 音声 VOICEVOX:青山龍星 #本能寺の変 #織田信長 #明智光秀 #信長公記 #戦国時代 #歴史ミステリー #AI

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