【賤ヶ岳のその後】秀吉の七本槍、7人の結末|その子孫たちが驚きすぎる…|その後の日本史
1583年4月21日、賤ヶ岳の戦いで名を上げた羽柴秀吉の若い家臣たち、「賤ヶ岳の七本槍」。福島正則、加藤清正、加藤嘉明、脇坂安治、片桐且元、平野長泰、糟屋武則。物語の多くは、彼らが大名へ駆け上がる場面で幕を閉じます。
けれども、記録を一人ずつ追っていくと、いちばん高く昇った者の家ほど早く消え、最後まで大名になれなかった男の家が285年後に大名となっていました。そして清正の血を引くとされる人々の中には、1989年まで生きた一人の女性の科学者がいました。
七本槍の7つの家が、江戸、明治、そして今日までどのような道をたどったのかを、史料に残る足跡から静かにお伝えします。諸説ある出来事は、その旨をお伝えしています。
00:00 賤ヶ岳の朝、七本槍
01:21 本当は9人だった感状
02:55 家を守るための決まり
04:23 巻之一 福島正則
07:01 巻之二 加藤清正
10:48 (チャンネル登録のお願い)
11:00 巻之三 加藤嘉明
12:33 巻之四 脇坂安治
14:11 巻之五 片桐且元
16:06 巻之六 糟屋武則
16:57 巻之七 平野長泰
18:35 年表で見る7つの家
19:45 最後に勝ったのは誰か
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#賤ヶ岳の七本槍 #その後の日本史 #豊臣兄弟 #加藤清正 #福島正則
【画像出典】
・広島城:DXR / CC BY-SA 4.0(Wikimedia Commons)
・岩松院(小布施):くろふね / CC BY 3.0(Wikimedia Commons)
・福島正則霊廟(岩松院):くろふね / CC BY 3.0(Wikimedia Commons)
・岩松院 本堂:Tawashi2006 / CC BY-SA 3.0(Wikimedia Commons)
・熊本城の石垣(武者返し):Toshihiro Matsui / CC BY-SA 3.0(Wikimedia Commons)
・二条城 本丸御殿:DXR / CC BY-SA 3.0(Wikimedia Commons)
・本妙寺 浄池廟(熊本):STA3816 / CC BY-SA 3.0(Wikimedia Commons)
・熊本地震で崩れた熊本城(2016):hyolee2 / CC BY-SA 3.0(Wikimedia Commons)
・伊予松山城:Jyo81 / CC BY 3.0(Wikimedia Commons)
・脇坂安治陣跡(関ヶ原):立花左近 / CC BY-SA 3.0(Wikimedia Commons)
・龍野の城下町:663highland / CC BY 2.5(Wikimedia Commons)
・慈光院(大和郡山):663highland / CC BY 2.5(Wikimedia Commons)
・慈光院:大和郡山市 / CC BY-SA 4.0(Wikimedia Commons)
・その他の肖像・絵画:パブリックドメイン(Wikimedia Commons)
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