【海外の反応】なぜヨーロッパは日本の器を真似したのか? マイセンも手本にした有田焼・柿右衛門の秘密
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今回のテーマは、江戸時代に海を渡り、ヨーロッパの人々を魅了した「日本の磁器」です。
17世紀半ば、中国では戦乱の影響で磁器の輸出が不安定になっていました。そこで新たな供給先を探していたオランダ商人たちが目をつけたのが、日本の有田でした。
当時の日本では、江戸時代に入ったばかりの頃から有田を中心に磁器作りが急速に発展していました。オランダ側はヨーロッパで使われていた陶器や木型を見本として日本へ持ち込み、「この形を磁器で作ってほしい」と注文します。
こうして有田では、日本人自身がほとんど使わないコーヒーポットや西洋風の器まで作られるようになりました。
ところが、日本の職人たちは単に注文通りの品を作るだけでは終わりませんでした。
やがて赤や緑、黄色などを使った色絵や、白い部分を大きく残した独特の美しい磁器が生まれていきます。
その代表の一つが「柿右衛門様式」です。
海を渡った日本磁器はヨーロッパで高く評価され、18世紀になるとドイツのマイセン、フランスのシャンティイ、イギリスのチェルシーやボウなど、ヨーロッパの名高い磁器工房でも日本の柿右衛門様式を参考にした作品が作られるようになりました。
もともとは中国磁器の不足をきっかけに世界市場へ出ていった日本の磁器。
しかし、いつしか日本独自の色や絵柄そのものが評価され、ヨーロッパの職人たちからも手本にされる存在になっていきました。
そして300年以上前に日本で作られ、海を渡った磁器の一部は、今もメトロポリタン美術館や大英博物館など世界の美術館に残されています。江戸時代の有田で作られた柿右衛門様式の作品が、現在もニューヨークのメトロポリタン美術館で展示されている例もあります。
日本人にとって、器はただ食べ物を入れるための道具ではありません。
料理を美しく見せ、季節を感じ、暮らしの中で目でも楽しむもの。
そんな日本人が昔から大切にしてきた「器の美しさ」が、遠いヨーロッパの人々にも伝わっていった物語をご紹介します。
ぜひ最後までご覧ください。
【参考資料】
・The Metropolitan Museum of Art
「Edo-Period Japanese Porcelain」
江戸時代の日本磁器、有田焼、オランダ東インド会社による輸出、ヨーロッパ向け磁器について
The Metropolitan Museum of Art「Edo-Period Japanese Porcelain」
・Victoria and Albert Museum
「An A–Z of Ceramics」
柿右衛門様式と、マイセン、シャンティイ、チェルシー、ボウなどヨーロッパ各地での模倣について
Victoria and Albert Museum「An A–Z of Ceramics」
・The British Museum
「Kakiemon-style Teapot」
17世紀後半、日本からヨーロッパへ輸出された柿右衛門様式の磁器について
The British Museum 柿右衛門様式ティーポット
・The Metropolitan Museum of Art
「Plate with Monogram of the Dutch East India Company」
江戸時代に有田で作られたオランダ東インド会社(VOC)の印入り磁器について
The Metropolitan Museum of Art VOC印入り有田焼
注意書き
※本動画は、歴史資料・美術館などの公開資料を参考に構成しています。史実をもとに、動画として分かりやすくお伝えするため、一部の表現や場面については演出・再構成を加えています。
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