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信長に越前を預けられた柴田勝家。その北陸は、なぜ信長の死のあと、まるごと秀吉の側に替わったのか|稲生から北ノ庄まで、柴田勝家の勢力図【1556〜1583】

絵で見る歴史ラボ4,519回視聴投稿日: 2026/11/06
柴田勝家の勢力図。越前から越中まで、北陸の織田方を率いていた柴田勝家。その北陸は、なぜ信長の死のあと、まるごと秀吉の側に替わったのか。 稲生で信長と戦った若い勝家が、越前を預けられ、北陸の戦を率いて加賀から越中の東へ。清洲、雪の冬、賤ヶ岳の戦い、北ノ庄まで、当時の手紙と記録と戦国時代の地図で追います。 ■ この動画でわかること ・稲生の戦いで信長と戦った勝家は、なぜのちに越前を預けられたのか。織田信長の家臣が書いた『信長公記』の一文 ・水がめを割った話と「鬼柴田」の呼び名は、いつの本から出てくるのか。野洲川の戦いと、先陣としんがり ・信長が掟に「大きな国を預け置く」と書いた越前。府中三人衆の前田利家や、越中の佐々成政は、勝家の家来だったのか ・本能寺の変のとき、越中の魚津城を囲んでいた柴田の軍は、いつ近江へ動いたのか ・清洲会議で何が決まったのか。三法師の場面の出どころと、清洲のあとにお市の方を迎えた縁組、勝家が書いた「上様が苦労して治めた御分国」の覚え書き ・雪を割らせて出た賤ヶ岳の戦いと、佐久間盛政の大岩山。賤ヶ岳のあと、北陸はどの順で秀吉の側に替わったのか ■ 目次 00:00 序章 預かった北陸|柴田勝家・豊臣秀吉・前田利家 03:27 第1章 稲生の敵|稲生の戦い・織田信勝・信長公記 07:24 第2章 先陣としんがり|野洲川の戦い・長光寺城・長島 12:21 第3章 預かった越前|越前国掟・府中三人衆・手取川の戦い・加賀 19:05 第4章 越中の東で|佐々成政・魚津城・本能寺の変 24:40 第5章 清洲と冬|清洲会議・お市の方・三法師・長浜城・織田信孝 32:50 第6章 雪を割って|賤ヶ岳の戦い・佐久間盛政・大岩山・前田利家 41:12 第7章 北ノ庄|北ノ庄城・柴田退治記・金沢城・丹羽長秀 ■ 地図の見方 朱=柴田(濃い色=勝家自身の持ち場 薄い色=おもに信長が勝家の下に付けた武将の土地 斜線=取り合い中)。加賀の北の佐久間盛政は、勝家の家臣か与力かで見方が分かれます。◆=勝家の居城(1575年の北ノ庄から) 織田は墨、本能寺のあとの織田家(信雄・信孝・丹羽・池田・滝川ほか)は赤茶。羽柴・上杉・本願寺・徳川ほかはその家の色。どの大名にも付かない土地は国衆の灰色 右上の数字=石高(米のとれ高)の目安。どの年も、のちの帳面の郡ごとの数字で比べています 勝家が冬の覚え書きに書いた「人の国にしてしまうのか」。あなたには、どう聞こえましたか。コメントで教えてください。解説してほしい家や武将、合戦も、コメントで教えてください。 ▶ チャンネル登録はこちら    / @絵で見る歴史ラボ   ■ 地図と数字について ・年は和暦の年に当たる西暦、月日は和暦。季節は旧暦 ・右上の石高は慶長3年の検地高を、正保郷帳などの郡ごとの石高の比で郡に按分した目安。信長が勝家の下に付けた武将の国(能登・越中など)も柴田の側の薄い色として数えている ・郡は1920年の郡境の近似。1575年まで勝家は自分の持ち場を持たず、いた所を点で示した。府中の二郡は今立・南條で近似した。越中の佐々の富山入りは1581年の初めとした ・越中の東の端(下新川)は1582年6月から上杉との取り合いの斜線のまま。佐々が魚津を取り返したあとも、宮崎・天神山には上杉の城が残った ・1583年4月の色の替わる日は府中・北ノ庄・小松・宮腰・金沢の記録の日に合わせた。越前の大野は北ノ庄の24日にまとめ、敦賀は清洲のあとを勝家の側とした(当時の持ち主は確かめられない) ・1568年の勝竜寺城の先陣の「柴田」は、『信長公記』の刊本では「柴田日向守」、写本の一つでは「柴田修理亮」。動画では勝家とした ・信勝が亡くなった年は『信長公記』による1558年(1557年とする本もある)。勝家の生まれた年は記録で分かれるため示していない ・最期の様子は描いていない。兵の数は記録で大きく違うため出していない ・人物の絵は生成AIの想像図で、伝わる肖像そのものは手本にしていない。丸に二つ雁金は江戸時代の旗本柴田家の紋で、勝家の時代の形は確かめられていない。語りは合成音声 ■ 出典 地図・地形: 国土地理院(地理院タイル・陰影起伏図) 郡境: 『歴史的行政区域データセットβ版』(CODH作成)doi:10.20676/00000447(国土交通省「国土数値情報(行政区域データ)」をもとにNIIが加工) 史料の札: 『信長公記』(『史籍集覧』19)、勝家の覚え書き(『南行雑録』の写し)と手紙(どちらも『大日本史料』第11編之2・之3)、『柴田退治記』(『群書類従』第14輯) 語りで引いた記録: 『大日本史料』第10編・第11編(秀吉・景勝・利家・堀秀政・毛利の手紙、フロイスの書簡、『言継卿記』『兼見卿記』『多聞院日記』『家忠日記』、甫庵『太閤記』、『村井重頼覚書』ほか)、『史料綜覧』巻11、『大日本古文書 毛利家文書』『同 吉川家文書』、『川角太閤記』、『武家事紀』、『翁草』、『名将言行録』、『福井県史』通史編3 札と語りの史料の現代語訳は、意味をとったこの動画の訳です BGM: Will you still cry?(まんぼう二等兵・OpenTracks) 効果音: 効果音ラボ #柴田勝家 #戦国時代 #日本史

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